国際結婚夫婦の韓流日記@ブリスベン


by Ichurch_Taka77
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赤星、無念の引退



毎年、この時期になると、プロ野球ニュースは“来る人、

去る人”の話で盛り上がる。 急に引退を表明する選手、

シーズン前から引退を表明している選手、周りから見ていて

今年が最後かなとおもわせた選手。 

そして、逆にドラフトで騒がせて入団する選手、

まるでメディアに相手されず入団する選手。 

そして、一度はクビになったがトライアウトにて復活する選手。 

スポーツ好きの俺には彼らの人生ストーリーを聞くの

がとても楽しみな時期である。



そんな毎年のごとく聞いている引退表明で、驚くというか、

とても無念な思いが残る選手の引退表明を聞いた。 


阪神タイガースの赤星憲広外野手である。 

俺は中日ファンではあるが、33歳という、まだできる年齢

と怪我による引退という話を聞いて悲しまずにはいられない。 


彼は身長170cmと日本のプロ野球選手の中でも小さい部類

に入る体つきで、2004年にドラフト4位で入団という決して

“エリート街道”を走っていた選手ではなかった。 

体が小さいというハンディもあったのかもしれないが、

彼の経歴を見ると、とても興味深い選手であると共に33歳

という年齢で引退するのはとても悲しい思いである。



彼のアピールポイントでもある“俊足”は昔から抜きん

でていたようであるが、守備やバッティングはそうでも

なかったようである。 


高校時代に甲子園には出場しているものの特にプロの目

にとまった訳でもなく、内野手として出場し、

大事な場面でエラーもあったようである。 


その後、大学に進むも守備が懸念されたのか3年生

に外野手にコンバートされている。 大学リーグのベストナイン

に3回選ばれるはもの、盗塁以外は目立った記録

はなかったようである。 その後、社会人野球のJR東日本に進んだ。 


プロとアマが混合された2000年シドニーオリンピック

の日本代表候補に選ばれキャンプに参加した。 

おそらく、このキャンプ参加が彼の人生を変えた大きな

出来事であったと思う。 この際、周りやプロのスカウトには

非力のバッターにしか見えておらずまるでノーマークの選手

であったようだが、このキャンプを、当時の阪神監督をやっていた

野村監督が視察にきていて、その野村監督に、赤星の足

がとまったのである。 阪神のスカウトはあまりのり気

ではなかったようだが、野村監督の一存で、4位指名にて

阪神に入団している。 その直後のキャンプでもやはり非力

な打撃を懸念する声が周りにはあったようだが、

野村監督の指導の下、5月には外野手のレギュラーを獲得、

その後阪神の1,2番バッターとして活躍したのであった。 


通算9年間の成績で、やはりホームランは通算3本ととても

少ないが、懸念されていた打率は常に2割後半から

3割を叩きだしている。 もちろん盗塁の記録はすばらしいもので

デビューした2001年から5年連続盗塁王を記録している。 

パワーがなくても、成功できる事を証明されてくれる選手であった。 



そんな彼が、怪我に泣かされる事になった。 

2007年にダイビングキャッチを試みた際に、

頸椎椎間板ヘルニアを悪化させてしまい、それを機会に

怪我にて二軍調節の日々があるようになった。 


そして、彼の運命を変えてしまった2009年9月12日

の横浜戦にてダイビングキャッチを試みた際に、

再び頸部を痛めてしまい、最初はヘルニアの再発と思われたが、

検査の結果、中心性脊髄損傷と診断されこれ以上無理

をすると生命にも危険が及ぶと医師から言われた。 

多数の病院に足を運んで診断を受けたが、どれも帰ってくる

言葉は同様のものだったらしい。

そして、苦渋の決断の末、引退を表明した。



人生を“たられば”で語るときりがないであろうが

(ああだっ“たら“、こうして”れば“の意味)彼のトレードマーク

でもある「全力プレー」にてダイビングキャッチなんかしなければ、

彼は来年も阪神の1番を打っていたかもしれない。 

もちろん彼はそんな事を思ってはいないであろうが、

彼は、アマチュア時代にはまるで注目されなかったが、

今では阪神を、いや日本野球界を代表する1番バッター

にまでのし上がった選手であろう。 

そんな彼が、実力の限界ならまだしも、ケガが原因

で球界を去ってしまうのは、他球団の選手とは言えどもむなしい

思い出いっぱいである。 


メディアの発表によると、今後、彼はひとまずは治療

に専念するそうである。 


彼の引退発表の記者会見の際の言葉がまた泣かせる。 

「泣いたら、いろんなことを後悔する。」 


心に腹を決めた男の言葉と思う。 



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by ichurch_taka77 | 2009-12-11 21:04 | コラム