国際結婚夫婦の韓流日記@ブリスベン


by Ichurch_Taka77
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天国からのささやき



その風景はいつもと変わらぬ風景であった。 

夕方の成田空港、夏休み真っ只中とあって海外旅行へ行く家族連れで

空港はにぎやかであった。一昔では海外へ行くなんて限られた人のみ

のものであったが、現在では国内旅行へ行くのと同じ感覚である。 


そんな海外へ行くのがめずらしい時代に育ったおじいちゃんとおばあちゃんは、

たまにだが、うちの家族と一緒にハワイへ旅行にでかける。6人家族(4人兄弟)

に2人を足して総勢8人の大移動である。

両親とおじいちゃん、おばあちゃんはあのハワイの常夏でありながらさらっとした、

きもちがよい天気がとても気にって入るようで、ハワイで何をするというより

のんびりするのが好きなようで、毎回それは楽しみにして

成田に向かったものである。


大人になってからこんな疑問が沸いてきたが、おじいちゃんとおばあちゃん

は第2次世界大戦の時代の人である。

おじいちゃんはれっきとして戦争に行っている。

そんな“敵地”の観光地に行く思いとはどんなものであるのか。

しかも場所はあの“パールハーバー”があるハワイである。 

大人になった今、聞いてみたい事でもあった。 

そんな事よりおじいちゃんは夜寝る時にヒリヒリしないようにと、孫である私らに、

ハゲかかっている頭に日焼け止めクリームをぬってもらうのを楽しみ

にしているようであった。 

そして、毎回、帰りの飛行機の中で「死ぬ前にもう一度来たい」

とまるでテープレコーダーに録音したかのように一字一句同じ言葉を言い、

お父さんが「ああ、そのためにも元気で健康にいなければね。

酒とたばこを控えなきゃ」とこれまた、同じ内容の返答をする

という親子の会話を毎回聞いていた。



今回もそんな和やかな雰囲気の旅行になるのかと思いきやチケットカウンター

へ向かう途中のエレベーターの中でおじいちゃんの具合が急に悪くなった。 

突然、口をおさえこみ、むせているようである。 心配になり私はおじいちゃん

の背中をさすったが、いきなりもどしてしまった。

エレベーターの中にはうちの家族以外の他人も乗っていたが、

そんな事より急に体調が崩れたおじいちゃんが心配でならない。

私はおじいちゃんの腕を支えながら、背中をさすってあげていたが、おじいちゃん

は何度も嘔吐してしまう。家族は心配そうに見つめ、

運悪くエレベーターで同席してしまった他人は迷惑そうに見つめ、

お父さんはなんだか“この時がきたか”とでも言いたそうに、まるで何か

をあきらめたかのように「ああ、しょうがないな・・・」とぼそりと言った。 


エレベーターのドアが開いたら私はおじちゃんをだくように支え、

チケットカウンターでなく医務室の方へとお父さんと向かった。 

後方では、これからエレベーターに乗ろうとしている他の乗客が無残

にもエレベーター内に散らばっている嘔吐を見て叫んでいる声がしたが、

そんな事なぞ気にもせず私はおじいちゃんを抱きかかえ医務室へと走っていた。 

そして、そんな慌てて空港内を走り回っている周りのシーンが急に空港から

病院の入り口に変わった。 

はっと気づいた次の瞬間、家族全員が緊急治療室の前で心配そう

に待機しているシーンとなった。 しかし、おばあちゃんだけはなぜかいつもの

おだやかな表情で立っていた。それはまるで長年連れ添った人のみができる、

悲しむのでもなく喜ぶのでもなく、そっと何も言わずに別れを告げるかのような

笑顔であった。



この話、実話でなく今日の朝、寝ている際に見た夢の話である。 

家族でハワイ旅行に行く話は実際にあった話だが、おじいちゃんが成田空港

で体調を崩した話は実話ではない。

毎回、けがも病気もなく楽しい家族旅行であった。 


しかし、おじいちゃんは10年ほど前に肝臓がんで亡くなっている。 

さすが戦争に行き銃を人に向けた経験があるとだけあって根性は豪鉄のごとく

備わっていると言いたいところだが、それが逆に命取りになり寿命

を縮めたような気がする。

「これくらいは、たいした事はない」とがんが見つかり体調が悪くなってもろくに

医者に通おうとはしなかった。 

そして、おじいちゃんが亡くなって数年後、私が小さい頃から枕元

で何度も聞かされていた言葉、「おばあちゃんはTちゃん(私の事)のお嫁さん

を見るまでは長生きするからね」という言葉をまるで

きちんと有言実行するかのように、

私が結婚して1年後に静かに永眠した。 



朝起きても、ベットからなかなか出る事ができなかった。 

なんだかぼーとしてしまい、家族みんなで行ったハワイがなつかしいような、

がんこなおじいちゃんがたくましいような、やるせないような。 

そして、おばあちゃんの、「おばあちゃんはTちゃんのお嫁さんを見るまでは

長生きするからね」という言葉がいまだに頭から離れないでいるのに何という言葉

で現してよいのかわからない、何とも言えない気分でベットの脇にしばらく

座ったままでいた。 もちろん楽しくはないが、悲しくもない、

何と表現してよいのかまるでわからない気分であった。 


ふっと壁にかかっているカレンダーを見たらもう6月である。 

そういえば6月は、ハワイへ行く8月に向けてそろそろ

“家族会議”をする時期である。 

8人総勢のスケジュールを合わせるのに始まり、ハワイで何をするかなど

話し合ったものである。 


私の寝室の窓から外を見ると、ここクイーンズランド州

のいつもながらの快適なすんだ空が見えた。 


そんな空を見上げながら、「さあ、6月だよ。 そろそろハワイ旅行に向けて

家族会議しなきゃ」とおじいちゃんとおばあちゃん

が天国からささやいているのかな・・・・ 


そう思えてならないし、そんな声が聞こえてきそうな、

すんだ青色の空であった。



おじいちゃん、おばあちゃん、僕は夫婦二人で幸せにくらいていますよ。

お二人もお元気でね・・・・



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by ichurch_taka77 | 2010-06-05 20:57 | コラム